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仙台地方裁判所 昭和38年(ワ)377号 判決 1968年3月22日

原告 西マン

被告 西広一 外一名

主文

被告西広一は、原告に対し、別紙目録<省略>記載の各不動産について、持分三分の二の持分移転登記手続をせよ。

被告鈴木有子は、原告に対し、別紙目録記載の各不動産について、仙台法務局昭和三八年六月二〇日受付第二〇八〇二号抵当権設定登記、同法務局同日受付第二〇八〇三号所有権移転仮登記、同法務局同月二六日受付第二一四七九号賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用のうち、訴状貼用の印紙代はこれを二分したうえその一と、被告西広一に対する訴状送達及び期日呼出状送達の各費用はこれを被告西広一の負担とし、その余は被告鈴木有子の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨及び「訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、別紙目録記載の各不動産(以下本件不動産という。)はもと原告の夫西喜久馬の所有に属していたところ、同人が昭和三〇年一一月八日死亡したため、相続により、原告が本件不動産の持分三分の一を、喜久馬の唯一の子である被告西広一(以下被告広一という。)がその持分三分の二を各取得し、昭和三一年二月二八日その旨の登記手続を経た。

二、原告と被告広一とは、昭和三二年一〇月三日、口頭で、被告広一の本件不動産に対する持分三分の二につき、委託者兼受益者を被告広一とし受託者を原告とする次に記載する(イ)から(ト)までの内容の不動産信託契約を締結したうえ、右契約の証拠として、不動産信託契約証書と題する書面(乙第一一号証)を作成し、かつ、仙台法務局昭和三二年一〇月三日受付第一二六三六号をもつて信託登記手続及び被告広一から原告に対する右持分の移転登記手続を経た。

(イ)  原告が本件不動産を管理及び処分することを信託の目的とする。

(ロ)  原告は信託財産から生ずる収益及び信託事務の処理上原告が取得する信託財産を、毎年一二月に被告広一に交付する。

(ハ)  信託事務の処理に必要な一切の費用は被告広一の負担とし、原告はこれを信託財産中から控除し支弁する。

(ニ)  信託財産の処分は、原告が適当な価格および方法を定め、被告広一の承認を得てこれを行なう。

(ホ)  信託期間は昭和三二年一〇月一日より二〇年間とする。

(ヘ)  本契約による被告広一の権利は、原告の承認を得なければ、売買、贈与、その他第三者の権利の目的とすることができない。

(ト)  右信託期間中本契約を解除しないこととする。ただし、被告広一の申出によりやむを得ないと認めるときは、原告と被告広一との協議のうえこれを解除できる。

三、ところで、右信託登記が昭和三八年六月一四日受付第二〇〇二七号をもつて抹消され、かつ、原告から被告広一に対する信託にかかる右持分の三分の二につき移転登記がなされている。また、本件不動産について、<1>仙台法務局昭和三八年六月二〇日受付第二〇八〇二号をもつて、同日付金銭消費貸借についての同日付抵当権設定契約、債権額は金一〇〇万円、弁済期は昭和三八年九月二〇日、利息は元金一〇〇円につき日歩四銭一厘、弁済期後遅延損害金は同じく日歩八銭二厘、抵当権者は被告鈴木有子(以下被告鈴木という)、連帯債務者は原告・被告広一および訴外岩間卓との契約を原因とする抵当権設定登記、<2>同法務局昭和三八年六月二〇日受付第二〇八〇三号をもつて、右金一〇〇万円を弁済しなければ所有権が移転する旨の同日付停止条件付代物弁済契約を原因として権利者は被告鈴木である所有権移転仮登記、<3>同法務局昭和三八年六月二六日受付第二一四七九号をもつて、右一〇〇万円を弁済しなければ賃借権が発生する旨の同月二〇日付停止条件付賃貸借契約を原因として権利者は同被告である賃借権設定仮登記がそれぞれなされている。しかしながら右信託登記抹消登記及び原告から被告広一に対する右持分の移転登記の効力はこれを認めることはできない。すなわち同登記は前記二記載の信託契約の解除ないし持分の移転の事実がないにもかかわらず被告広一においてほしいままに右各登記手続をとつたものであるからである。

四、かりに前記二の事実が認められないとしても、原告は昭和三二年九月一二日被告広一から同被告の本件不動産に対する持分三分の二を書面により贈与されたので、仙台法務局昭和三二年一〇月三日受付第一二六三六号をもつて信託登記手続および形式上信託行為を原因とする右持分の移転登記手続を経たものである。

五、よつて、原告は、被告広一に対し、本件不動産の持分三分の二については、一次的に信託財産管理権に基づき、二次的に原告の所有権に基づいて持分移転の登記手続を請求し、かつ、被告鈴木に対し、本件不動産の持分三分の一については原告の所有権に基づき、持分三分の二については、一次的に信託財産管理権に基づき、二次的に原告の所有権に基づいて抵当権設定登記、所有権移転仮登記および賃借権設定仮登記の抹消登記手続を請求する。

被告鈴木有子訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

請求原因事実のうち、一の事実及び二の事実は認める。但し二の事実のうち本件信託契約があつた旨の原告主張部分は、昭和三九年六月九日の第八回準備手続期日において同被告がこれを認めたが、右は錯誤によつたものであるからこの自白は撤回する。したがつて同部分の事実は認めない。三の事実のうち、原告主張の登記がなされていることは認める。四の事実のうち原告主張の登記がなされていたことは認めるが、その余の事実は認めない。(原告は右自白の撤回に異議を述べた。)

一、1、かりに本件信託契約が成立したとしても、右契約における解除権排除の特約は強行規定である信託法五七条に違反し無効であるから、被告広一は昭和三八年六月一一日原告に対し右信託契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示はそのころ原告に到達した。したがつて右信託契約は解除された。

2、かりにそうでないとしても、右信託契約は同日原告と被告広一により合意解除された。

二、1、また、原告は被告広一に対し被告鈴木からの金銭借用等に関する代理権を授与したため、被告広一は、昭和三八年六月二〇日右代理権に基づいて、被告鈴木から、連帯債務者が原告・被告広一および訴外岩間卓、弁済期が昭和三八年九月二〇日、利息元金一〇〇円につき日歩一七銭、遅延損害金同じく日歩三〇銭とする約定のもとに金一〇〇万円を借り受け、右債務の弁済を担保するため、同日本件不動産につき抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約および停止条件付賃貸借契約を結んで請求原因三のとおり各登記手続を経たものである。

2、かりに原告が被告広一に対し右のような代理権を授与しなかつたとしても、原告は、昭和三八年六月一九日ころ、被告鈴木の代理人である訴外鈴木進に対し、被告広一に右のような代理権を与えた旨を表示し、被告広一は右表示された代理権の範囲内で前記各行為をなしたものであり、かつ、被告鈴木は被告広一に右代理権がなかつたことを知らなかつたものであるから、原告は被告広一のなした右各行為について責任を負わなければならない。

3、かりに右主張も理由がなく、被告広一が原告から金融機関からの金銭借用の代理権を与えられていたにすぎなかつたとしても、原告と被告広一とが少なくとも昭和三八年七月ごろまで同居していたうえ被告広一が被告鈴木に対し同被告と前記各契約を結ぶ際に原告の委任状、印鑑および印鑑証明書を示したので、被告鈴木には被告広一に前記のような広い代理権があると信ずべき正当な理由があつたのであるから、原告は被告広一のなした右行為について責任を負わなければならない。

原告訴訟代理人は被告鈴木の抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

抗弁一の1の事実は認めない。すなわち、信託法五七条は任意規定であるから、仮に被告鈴木主張のような解除の意思表示があつたとしても本件信託契約は解除の効果を生じない。同2の事実は認めない。抗弁二の事実のうち、1については、同被告主張のとおりの各登記が存在していることは認めるが、請求原因三記載のとおりその効力は認めない。同2の事実は認めない。同3の事実のうち被告広一が被告鈴木に対し原告の委任状などを示したことは知らないが、その余の事実は認めない。

被告西広一は適法な呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

証拠<省略>

理由

(被告鈴木有子に対する関係においての判断)

請求原因のうち、本件不動産の相続関係についての一の事実については当事者間に争いがない。

そこでまず、原告主張の信託契約の成立(請求原因二)に対する被告の自白撤回の可否についてみるに、成立に争いない甲三号証の五の被告西広一(以下広一という)名下の印影と、証人加藤秀二の証言により真正に成立したものと認められる乙一一、一四、一六(但し官署作成部分は成立に争いない)の各号証の各同被告名下の印影を対照すると、右各印影はいずれも同一の印影で実印であることを認めることができ、しかも、甲三号証の五を除く以上の各乙号証及び右証人の証言によつて真正に成立したものと認められる乙一三、一五の各号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲一七号証並びに右証人の証言、原告本人尋問の結果によれば、被告広一の母である原告は、同被告が昭和三二年一〇月以前から妻子がありながら定職らしい仕事に就かず、生活費を家庭に入れることなく遊び歩き借財を重ねるの生活状態であつたので、一家の生活を支える家賃の収入源である本件共有不動産の同被告持分もいつかは借金の担保に入れてこれを失つてしまうことを虞れ、昭和三二年一〇月一日知合の司法書士加藤秀二の助言を受けて同被告の子供が成年に達する向う二〇年間同被告において右持分権を勝手に処分して財産の散逸することのないようにするため、その持分につき被告広一を委託者兼受益者、原告を受託者とし、期間は二〇年間、その間の同被告による解除権の行使はこれを排除する旨の特約付で請求原因二記載のとおりの信託契約を結ぶこととし、被告広一も自分の非を認めて右契約に応ずることを納得して二日後の同月三日右加藤の事務所に原告ともども訪れ、同人が予め作成していた右同旨の信託契約証書(乙一一号証)を同人から読み聞かされその内容を了解したうえで同被告名下に同被告の前記実印を押捺したことを認めることができ、これに反する証人大泉正孝、同岩間卓、同鈴木進の各証言部分は後記認定のように本件不動産を担保に融資を受けるためには原告名義の必要書類を偽造することもあえて辞さなかつた被告広一からの伝聞であるから到底採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠もない。そうだとすると、右信託契約が結ばれなかつたことを前提とする被告の自白撤回は真実に反し許されないこと明らかであり、したがつて信託契約の成立及び同登記の存在に関する請求原因二記載の事実は全部当事者間に争いないものというべきである。

次に請求原因三の事実についてみるに、本件不動産に対し原告の同三主張のとおりの各登記が存在すること(その有効性については別として)については、当事者間に争いがない。

そこで右信託契約の解除にかかる被告の抗弁(一の1)についてみるに、被告の原告に対する解除の意思表示及びその到達があつたとしても、本件のようないわゆる自益信託の任意解除を認める信託法五七条は、信託の解除に関し信託行為に別段の定めをなすことを許容する同法五九条に照らし任意規定と解すべきである(右五九条を単に無賠償解除の特約のみを認めた規定に過ぎないものと限定的に解さなければならない根拠はない。)から前記認定の解除権排除の特約は有効であり、したがつてこれに反してなした被告主張の解除はその効力を生ずるに由がない。

また合意解除に関する被告の抗弁(一の2)については、前記認定の本件信託契約締結に至る事情及び後記認定事実に照らし右被告主張の趣旨に沿う証人鈴木進、同岩間卓の各証言部分は信用できないし、他にこれを認めるに足る証拠もない。

それで更に進んで代理権の授与等に関する被告の抗弁(二の1)について判断する。

甲第二号証の三及び仙台市長作成部分につき成立に争いない同号証の四の各存在と証人三河努の証言によると、本件不動産に関する請求原因三記載の各登記(この部分は前記のとおり当事者間に争いがない)をするに際して、被告広一は、被告又は同登記申請の代理人となつた司法書士三河努に対し、その必要書類として昭和三八年六月一一日付原告作成名義の委任状(甲二号証の三)、同年四月八日付同名義の印鑑証明書(同二号証の四)を持参提出したこと、仙台市長作成部分につき成立に争いない甲三号証の四及び四号証の四の各存在と、証人大泉正孝の証言によると、被告は右同様昭和三八年六月一七日付(甲三号証の四)及び同月二一日付(同四号証の四)の原告名義の各印鑑証明書を持参提出したこと、原告作成名義部分を除く部分につき成立に争いない甲三号証の三の存在と、証人鈴木進の証言によると、本件不動産に関する右登記をするに際してその登記申請の代理人となつた司法書士三戸部今朝見に対し、その必要書類として被告広一は昭和三八年六月二〇日付委任状(甲三号証の三)の被告広一及び原告名下に自から予め用意持参していた印鑑をもつて各押捺することによつて右書類を作成し右同人に提出したこと、証人大泉正孝の証言によつて原告作成名義部分を除く部分につき真正に成立したものと認められる乙一、二、三、四、八の一ないし三の各号証、及び同証人の証言によれば、以上の各乙号証の原告作成名義部分は被告広一において作成したものであること、成立に争いない甲一六号証と、右掲示各甲号証及び各乙号証の各原告名義の印影部分を対照してみるとすべてその印影は同一のものであること、また成立に争いない甲一四、一五、一六の二及び四の各号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の実印は金の指輪に自己の氏を刻んだもので肌身放さず持つていたこと、原告自身において改印手続をとつたのは昭和三八年七月二〇日と同年八月二一日の二回だけであつて同年六月頃には全く改印手続をとつたことがないこと、被告が本件不動産に対し請求原因三記載のとおり各登記手続をとつていることを原告において初めて知つたのは、三河と名乗る者から電話で原告に対し登記料の未払残金の請求を受け、これに不信をいだいて知人の高橋ヨシオに本件不動産登記簿の調査依頼をした結果であつたこと、の以上の事実を認めることができ、他にこれに反する証拠はない。そして甲七、八の各号証の存在と成立に争いない甲一六号証の一によれば、同各号証の原告名の印影は全く同一のもので、しかも前認定の各甲号証及び各乙号証の原告名義の印影とも同一であることを認めることができ、右甲七、八及び一六号証の一と以上の認定事実を綜合すると、本件不動産に対する請求原因三記載の各登記は、被告広一において昭和三七年五月二三日原告に全く無断で改印届をなし、翌三八年四月八日・同年六月一七日、同年同月二一日に亘つて右改印届にかかる印影をそれぞれ冒用して原告名義の印鑑証明書の交付を受け、原告名義の委任状その他右登記に必要な書類の原告名義を偽造したうえ、前記司法書士三河努、同三戸部今朝見を通じてなされたものであることを推認することができ、他にこれに反する証拠はない。したがつて<1>前記認定の本件信託契約締結に至る事情と、<2>右認定の事実に照らすと、証人鈴木進、同大泉正孝および同岩間卓の各証言中、一〇〇万円以上の金額の金員をしかも本件不動産を担保に供して借り受けることを原告が了承していた旨の供述部分は到底信用できず、また同証人らのその余の証言部分も右被告主張の代理権授与の事実を認めるに不十分であることは明らかであつて、他に被告主張のような代理権授与の事実を認めるに足りる証拠もない。従つてその余の点を判断するまでもなく、右抗弁は採用できない。

次に、いわゆる表示代理にかかる被告の抗弁(二の2)についてみるに、前記認定の<1><2>の各事実に照らすと、証人鈴木進、同大泉正孝および同岩間卓の各証言によつても、原告が被告鈴木の代理人である鈴木進に対し同被告主張のような代理権を与えた旨を表示したとの被告主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠もないから、その余の点を判断するまでもなく、被告の右抗弁も採用できない。

また、前記二の3の表見代理にかかる被告の抗弁についても、右同様の理由により、被告広一が原告から金員借受けの代理権を与えられたことを認めるに足りる証拠はないから、その余の点を判断するまでもなく、右の抗弁も採用できない。

そうすると、被告鈴木に対し本件不動産の持分三分の一につきその所有権に基づき、同持分三分の二につきその信託財産管理権に基づき本件不動産の抵当権設定登記、所有権移転仮登記および貸借権設定仮登記の各抹消登記手続を求める原告の本訴請求は正当である。

(被告西広一に対する請求について)

被告広一については、事実欄記載のとおりであるから、民訴法一四〇条三項により、請求原因事実を全部自白したものとみなされるところ、右事実によれば、同被告に対し、本件不動産の持分三分の二につき信託財産管理権に基づき持分移転の登記手続を求める原告の本訴請求は理由がある。

(結論)

よつて、原告の被告らに対する請求をいずれも認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条但書後段にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦克巳 藤枝忠了 森谷滋)

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